2017/07/26

短歌人同人1 その3 2017/7

 真鶴半島に雨が降っている。
 それがしだいに近づいてくる。
 熱海の街が白く替わり、雨が降り始める。
 驟雨のようだ。
 南の網代にも湾を渡って近づいてくる。
 雨の動きが手に取るように分かる。
 久しぶりに涼しい。
 今日は水遣りなし。


 四人の作者の歌、六首を。

 なつかしき人に会ふためミラショーンの若草色の傘さしてゆく
             小島 熱子

 ミラショーンとは懐かしい名。年代によって、傘のメーカーも替わる。女性はお気に入りの傘を差して人に会いにゆく。余裕プラス美意識ということ。男は余裕がなく美意識もないのかもしれない。

 さらにここにくはへることがあるならば甘き甘き蜂蜜ひとさじ
             花笠 海月

 作者が加えようとしているのは、物ではなく事である。甘い蜂蜜一匙は、事として扱われている。それがもたらす何かしらの観念、或いはそれが表象する何か。物語のようで、怪しくて、美味そうだ。

 雷雨去り二本榎通り明るめば祭太鼓のとほく聞こゆる
             有沢  螢

 作者は病床にある。体は動かない。窓から見えるもの、聞こえるものに自然を感じる他ない。なんの変哲もない街の一齣が、斯くも美しい短歌となる。言葉一つ一つが珠玉のようである。

 天窓より注ぐ光にきらきらと埃舞ひたる記憶の図書館
             同

 実際の図書館を思い出している。しかし、まるで「記憶の図書館」という図書館が存在しているような気がしてくる。作者の記憶の回想はリアルである。天窓からの光が目に浮かぶ。

 「明日は金曜燃えない日」唱えて老母ビール缶踏む
             森澤 真理

 燃えないゴミの日、かもしれない。が、唱える、老母、という言葉から、火葬場はお休みの日、という連想をわたしは持つ。燃えない日、という言葉に作者は意図的に広がりを持たせている。初句脱落。

 「可愛い振りしてあの子やるもんだねと」基本的にやるだろ女は
             同

 と、に意味がある。とが無ければ、言った人の言葉になるが、とがあるために、言った人とは別の人か作者自身の言葉になる。下の句にわたしは賛成する。日本は、男女の間は極めて封建的である。

2017/07/25

短歌人同人1 その2 2017/7

 不調。
 扇風機やクーラーに当たり過ぎたかもしれない。


 二人の作者の歌、二首を。

 浴槽にしづみゐるとき隣室の排水管をながるる音す
             青輝  翼

 防音のアパートやマンションでも、風呂場だけは、耳を澄ますと隣の排水管から音が聞こえてくる、そんなことがある。付き合いの無い現代の隣人との、思わぬ繋がりが、ふっと立ち上がる。

 はなびらが塩がひかりがうつくしい ほほゑみのまま落下してゆく
             阿部 久美

 具象と抽象が、ない交ぜになって、なんだか絢爛としている。そして美しさが読後に広がる。意味というより、繊細な壊れやすい何かが、読者のもつ形而下に訴えて来る。


2017/07/24

短歌人同人1 その1 2017/7

 伐り師がいる。
 樵とも違うし、材木屋でもない。
 街も山も問わない。
 家の庭や、家の周りにある大木を伐ってくれる。
 自分を空中に吊り上げて、樹を伐る。
 弟子を一人連れた彼に、都合四本伐ってもらった。
 
 熱海の花火が、窓からよく見える。
 遮る樹がなくなった。
 昨夜は、空を覆う最後の金色の花火も見えた。


 四人の作者の歌、七首を。

 窓下に来て叫(おら)び鳴く恋の猫わが年齢(とし)にして憎さ失う
             久保 寛容

 作者は独り身である。これまで、恋猫の鳴き声を憎々しく思ってきた。それは求愛という観念そのものに対する反発だったかもしれない。それが、憎む気持ちを失った。作者は年齢というが、いやいやこれからだ。

 水面に連なり流れていった花きれいなものは早く行きなよ
             猪  幸絵

 綺麗なものを厭う歌を作れば大概上手く行く。平凡が排されているから。問題は、作り方。早く行きなよ、という捨て鉢な呼びかけが上手い。

 滞る水は腐ると言ってみる言ってやったという気にもなる
             同

 自然を相手に、高処から声に出して説諭してみる。普段そんな機会はなかなかない。これは感慨がある。結句のまとめ方が上手い。助詞や助動詞をいろいろ変えてみても、この言葉が一番おさまりがよい。

 勝つ。その転瞬に自失せるこの顔をわたししたことがない
             酒井 佑子

 喜びの忘我の瞬間。しかし作者は、勝者の優越、蔑み、安堵、自恃が顔貌を一瞬変えるところを見逃さない。透徹した歌人の目が、大相撲をみている。

 冬タイヤ穿いたから本栖湖へ行かう もう一度さう言つて誘つて
             同

 冬の富士山麓。本栖湖も標高が高い。雪が積もっている。小さな湖。攫うように、そう言って誘ってほしいのだ。河野裕子さんの歌を思い出す。

 勺禰子と電話で話す頼まれごと断りながら深く愛して
             同

 勺禰子から、わたしはそれを聞いて知っているけれど、頼まれごとを知らなくても、充分読める。作者は、本当に深く愛しつつ、それを断るのである。二人が愛おしくなる歌。

 ゆうやみが支配するまで電灯はつけず体育座りにおりぬ
             鶴田 伊津

 自分の努力・判断の外にある事象に支配されるまで、作者は動かずに待つ。感情感覚の価値を離れた自然は有難い。その暫時に浸るように、作者は体育座りのままに居る。

2017/07/23

短歌人同人2 その4 2017/7

 朝、水遣りに出る。
 七時。
 「おはようございます。」
 隣家の節子さんの声。
 アズキとクリに餌をやっている。
 二匹はときおりにゃーと鳴きながら、食べている。
 「今日は、少し涼しいわね。」
 「そうね。助かるね。」
 「二匹とも、家に入らないのよ。」
 「この暑さだからねえ。こんな暑い毛皮着てるし。」
 「そうなのよねえ。」
 水道栓をひねって、水遣りを始める。
 土はからから。
 二十分ほど、たっぷりと草花に水を遣る。
 二匹は食べ終わって、道に寝そべっている。


 六人の作者の歌、六首を。

 リウマチの痛みかかへて生き来たる元子(ゆきこ)さん逝く 花の盛りに
             竹内 光江

 リウマチは心身ともに苦しいという。しかし、病があっても、人が不幸とは限らない。痛み苦しみと等量の喜びもあったかもしれない。花は、桜。花の盛りに亡くなられた。

 春の水ながるる川を渡り来てわが膝の水医師に抜かるる
             荒井 孝子

 水と水、るるとるる。結句はるるを踏むために、連体止めにしてある。人が水を作り出す。溜められないので、抜かなければならない。事実だけを淡々と言う処に、かなしみが生まれる。

 ライザップのCMに出る金正恩想像しつつ葉桜を愛づ
             伊波 虎英

 狂歌に近い。が、諧謔はあまり露わではない。全体主義国の独裁者だから、こんなアイロニカルに詠っても、わたしは寸毫も失礼と思わない。はっきり失礼のレベルに達すると、本当の狂歌になる。
 
 手握れば桜の花びらが絡まつて君との距離感が危ふくなる
             芝  典子

 恋人。作者の今の恋愛感情が出ている。作者は、危うくない距離感を認識している。危うい、というのは通常の倫理に反している、ということかもしれない。しかし人生は一度。信じるところへ進みたい。

 みつしりと庭にはこべが生えたのでひよこを飼はう飼はねばならぬ
             大室ゆらぎ

 思考の連鎖。それがやがて、「ねばならない」に至る。ハコベがみっしり、という図は連想を誘う。作者はヒヨコ。一旦思ったら、思念を持った責任を自覚し、「ねばならない」に帰結する作者。

  *
 「なまからどぅやいびーん」と我ら闘えど聞く耳なくば声は届かず
             謝花 秀子

 (*これからですよー沖縄の放言)辺野古の工事が始まっている。江戸期の琉球処分のように、昭和/平成の沖縄処分が続く。声を上げ続けることが大切だ。短歌人誌にこの歌があることを誇りに思う。

2017/07/22

短歌人同人2 その3 2017/7

 顕在意識が17ビットだとすると、潜在意識は百万ビットだと、妻が言う。
 その潜在意識に働きかけてヒーリングをするの、と言う。
 昨日はスイス人にヒーリングをしたと、電話で言ってきた。
 「とても上手くいったわよ。すごく驚いてた。」
 「で、英語でやったの?」
 と訊くと、
 「日本語と、英語の単語混じり。」
 と言う。
 そのスイスの女性は、広島で長く国連役員をしていたひとで、日本語がかなりできるのだ。
 すばらしい。


 五人の作者の歌、六首を。

 藪椿ひとつ咲くところ江ノ電はきりりきりりとおほまがりする
             川井 怜子

 もちろん、江ノ電の中に居た方が感覚は鮮明である。作者は電車に乗っている。時速が遅いので、カーブも耐えられる。江ノ電は話題に事欠かない。

 鎌倉の夢の埋もるるアスファルトの道をゆくなり八百年のち
             長谷川知哲

 吟行歌。鎌倉では、宅地造成をすれば、かならず遺跡遺構が出土すると言われている。地層のように、物は必ず埋もれて行く。幕府開闢時の夢もまた。

 餅を手に小島熱子の出でてきぬ力餅屋の暖簾を分けて
             同

 作者は鎌倉の路を歩いている。ふと見ると、吟行中の小島熱子が老舗の餅屋から出てくる。地元をよく知る小島は、この老舗の餅の価値をよく知っている。暖簾を分けて出てくる姿が目に浮かぶ。

 腸詰と鎌倉ビールを身に納め酔ひを力に吟行にゆく
             針谷 哲純

 子の会吟行歌会の際の歌が次々に出てくる。ホテルに荷物を置いた後は、それぞれが鎌倉の町へ散っていった。腸詰と地ビールをいち早く手に入れる作者。わたしも一緒に行けばよかった。

 生きゆくは大変なのに孫や子は「長生きしてね」と会ふ度に言ふ
             助川とし子

 初句二句は、表現が甘い気はするけれど、三句以下が具体に即して説得力がある。

 果てしなく遠い時間と思いしが終わるもかなし住宅ローン
             松村  威

 住宅ローンが終われば、普通ほっとするし、達成感もある。それを、かなし、と言う。そこがこの歌の眼目。わたしの時は二十五年。今は三十五年が普通らしい。驚く。が、確かに寿命も延びている。

2017/07/21

短歌人同人2 その2 2017/7

 扇風機は役に立つ。
 以前猛暑の時期に、ホームセンターで中国製の扇風機を三つ一度に買ったことがある。
 安い。
 翌年、二機が動かなくなり、一機はすべてのコントロールが効かなくなった。
 それに懲りて、以降どんなものも、しっかりした電気店で買うことに。
 まず、デザイン、美意識が違う。
 持ちが違う。
 先だって替えた冷蔵庫は、二十八年動いてくれた。
 八年前に替えた電子レンジも、二十年働いてくれた。
 象印の初期のオーブンレンジで、途中一度故障し、名古屋の工場へ宅急便で送って修理してもらったもの。

 電話で、妻といろいろな寿命の話をしていたら、亀の話がでる。
 二十五年前に買った子亀、ドンブリ二号は、今は鹿児島の娘のところにいる。
 娘も、娘の子どもたちも、亀好き。


 六人の作者の歌、六首を。

 熊本のボンタンあめの一箱を酒井さんよりさらりともらう
             韓  貞姫

 姑が亡くなられた。それを知ってか知らずか、酒井祐子さんはお菓子をくれるとき、まことにさりげない。短歌人随一の歌人は、謙虚でおしゃれである。

 はなぐもりの空押し上げて大仏の前屈みなる背のまるきかな
             時本 和子

 大仏の背が空を押し上げている、という見方は出色。少し前屈みなので、それがそのまま納得できる。鎌倉の大仏様の歌は数多あるだろうけれど、これは上手い。

 目が覚めてしまつたからには今日の服着て眉を描き珈琲すする
             弘井 文子

 よく分かる。朝、目が覚めると、覚めたからには起きようかどうしようかと、わたしも考える。上の句が当を得ている。また今日の服、という即物的なものの見方言い方も面白い。

 風ひかる、って実景描写だったんだ五月の木陰に汗を拭えば
             砺波  湊

 風ひかる、は春の季語。季語はもちろんリアリティーを反映している。それを自分の感覚で目撃した作者。感動している。何百年にも亘って蒐集されてきた季語は深い。作者のすばらしい体験。

 この土手にもほら、タンポポが 三十は見たであらうかけふの散歩に
             永井 秀幸

 明るい和やかな時間が表現される。こころの豊かさでもある。タンポポの外来種と在来種の歌を、今月は時本さんも詠っている。

 手を伸ばせばすぐそこにある君の腕 触れたき思いは堅く禁ずる
             関  浩子

 淡い恋の歌。堅く、には作者に理由があるのだろうけれど、一度の人生である。堅くを絶対と思わずに、恋を成就する行き方もある。これだけの思いは、既に君に十分伝わっている。

2017/07/20

短歌人同人2 その1 2017/7

 短時間の豪雨に会う。
 日々、テレビで盛んに報道するあの雨。
 近くのジムから帰る途中、いきなり降ってきた。
 車のワイパーを最速にしても間に合わない。
 皆、ヘッドライトを点けている。
 車の屋根が、音を立てる。
 固く鋭いモノがぶつかる音。
 霰(あられ)の音ではない。
 雹。
 道々の側溝は、溢れて噴き出している。
 家に辿り着き、玄関に入るまでの間にびしょ濡れに。
 窓を開けて出たので、窓際は水浸し。
 雑巾をもって、窓を閉めて回る。
 海に雷が落ちている。
 凄い。


 五人の作者の歌、五首を。

 モンローのやうな女の横ぎりておおおおと目に追ふ我がゐる
             田上起一郎

 そりゃ誰でも、おおとなる。一方、作者のおおおおは、感嘆と狼狽が同時にあるような余韻を醸している。その女は、心身から湧き出る自信を体現しつつ、美しくセクシーであったのだろう。

 ブラインドおろす加減を決めかねて畳に千千(ちぢ)のさざ波を呼ぶ
             三島麻亜子

 下げたり上げたりしている間、畳には光がさざ波のように動く。作者の目は、ブラインドから畳の光に移行する。数秒のできごとを、上手く切り取った一首。

 水音のくぐもりのなか瞑目す母胎のやうなる弁天窟に
             春野りりん

 題は「鎌倉吟行合宿」。長谷寺の弁天窟である。長い洞窟に弁天様が祀られている。微かに水が流れている。くねくねとした闇は、まさに母胎の産道ようでもある。子の会吟行歌会に提出された一首。

 輪王寺山門からの坂道を登りゆく間に泣いてしまいぬ
             中井 守恵

 行為だけを直截に表現する行きかたに、読む方ははっとする。わたし達現代人は、理由・動機を前提に物事を考える習慣がある。そこをすっと外される。子どもも大人も、言葉に出来ない行為はある。

 江ノ電の全速力をわが愛すうらうらとゆくその全速力を
             斎藤  寛

 子の会吟行歌会の選歌最高点を取った歌。作者は、横須賀の人で、日頃から江ノ電に乗っている。あれは、確かにゆっくりと全速力で走っている。その人気は、今絶頂にあり、休日は超満員。