2017/06/14

短歌人同人2 その5 2017/6

 隣の森が鬱蒼としてくる。
 雨の力。
 五時に起きる。
 郵便箱へ。
 パサデナの建築家からペイントのサンプルが届いている。
 桂離宮松琴亭の青。
 Benjamin Mooreというペイント。
 わたしがアメリカで好んで使っていたのはSinclair Paint。
 その頃、Benjamin Mooreは無かった。
 いつも、色の多さにわくわくして、Sinclairの店へ行ったものだ。
 松琴亭の青は顔料。
 わたしの方はBenjamin Moore.
 ちょっとわくわくしてくる。


 五人の作者の歌、五首を。

 照り翳りする日々だった 枯れてなおすすきは春の陽に礼(いや)しいる
             荒井 孝子

 日々と薄に、自分を仮託して詠う。しみじみとして趣が深い。作者は主に文語新仮名であるが、この歌は口語文語のミックス。し居る、強いる、少し読みに迷うが、ここはし居る。旧仮名ならすぐ分かるが。
 
 花なき庭人ゐぬ夢に驚きぬ老いたるものに世界は変るを
             高崎愼佐子
 
 こんな夢は見たことがない。まるで、三島の『豊饒の海』の最後の場面のようである。作者の潜在意識は、花無き無人の庭を見せて、どんなメッセージを伝えようとするのか。夢も変わる。

 肋骨のカーブにそいて自転車を押しながら行く海沿いの街
             有朋さやか

 こんな風に自転車を押す人を初めて聞く。独創的で、肉感的である。牧歌的な場所ではない。街とある。街に比べ、自分と自転車はごく小さいはずなのに、しっかり存在感がある。

 すわりゐる座布団ささつと裏返しここへここへと呼ばれてゐたり
             佐藤 由美

 面白い場面。こんな礼儀も残したい。相手の描写は生き生きとしている。ただ、四句までの主語が、結句に来ていきなり作者に替わる。軽い違和感がある。解消できれば解消したい。

 流れなき川に遊べるダイサギや身を殺(そ)ぐとふはいかな恍惚
             三島麻亜子

 ダイサギは最も大きな白鷺。姫路城もそんな呼び方をする。身を殺ぐ。一瞬自死かと思ったが、魚である。人がうな重やかつ丼を食べるのと、似ているかもしれない。ダイサギに訊いてみないと分からない。

2017/06/13

短歌人同人2 その4 2017/6

 梅雨。
 草木は生気に満ちている。
 大概の花は終わり、今はアジサイの季節。
 道から上がる階段の脇に、ウズアジサイが咲いている。
 他では見たことがない。
 いちばん好きなアジサイ。
 隣家の陶芸家が好きだった「墨田の花火」も味わいがある。
 道の脇の斜面、あちこちに、原種のガクアジサイが自生している。
 伊豆のアジサイは世界の原種。


 四人の作者の歌、六首を。

 はるみひとみひろみともみとしみかすみ、そしてみさとの加わる夕べ
             黒崎 聡美

 これに作者さとみが加わり、なんと語尾に「み」のつく女子が七人、語頭の「み」が一人、集まる。試しに同人2のなかを数えても語尾みは、三人しかいない。とても珍しい歌。

 鏡には光がうつり美容師の話のなかでだけ会う女の子
             同

 不思議の国のアリスのような気がしてくる。美容院は特殊な空間。リフレッシュして肩こりも取れる。そこだけに居る女の子。

 桜餅は桜葉の塩できまるもの理屈言ひつつ妻と食ふなり
             長谷川知哲

 伊豆半島は桜葉の産地である。葉を集め塩漬けにする。この塩と、餡子の甘さが、なんとも合うのである。作者は言わずもがなの理屈を妻に言い、美味そうに食う。

 コジュケイを見たことのなき妻のためほらと指差すまた間に合はぬ
             同

 周りの森にコジュケイが棲んでいる。鳴くとなかなかけたたましい。ときどき道を横切るが、隠れるのが早い。見たことのない人も多い。作者の妻もその一人。ウズラを大きくしたような可愛い鳥である。

 祖国復帰四十五年米軍の基地はいらないオキナワは日本である
             謝花 秀子

 これ以上ないほど単純明快である。ものごとは言い続けることが大切だという手本。漢字沖縄に、抑圧搾取の臭いを嗅ぎ取る作者は、カタカナを使う。ニッポンジンに聞いてもらう為、考えてもらう為。切ない。

 ちょっとだけクタビレてっけどこのおれはBABYMETALの一番槍さ
             螟虫  良

 若いロックバンドのファン。作者は根っからのロック好きである。ベビーメタルの若さでは、そもそも一番槍という意味さえわからないだろうけれど、作者はちっとも構わない。吾が道をゆくイタリアン・シェフ。

2017/06/12

短歌人同人2 その3 2017/6

 月曜の朝、工事再開。
 職人は五人。
 いろんな分野の職人が来る。
 配管の職人が、
 「あのスズメバチの入っているボトルは、特別な薬剤が入れてあるんですか。」
 と聞く。
 彼らの作業場に、スズメバチが来るのだという。
 「いろんなやり方があるようですけど。」
 と言って、日本酒(2)、砂糖(1)、酢(1)の誘引剤の成分を説明する。 
 さっそくやってみると言う。
 この家の前が通り道だったようで去年は五十匹ほど捕まえた、と言ったら驚いて聞いている。


 五人の作者の歌、五首を。

 幾許の余命も無しと伝へたる友は急いで遺言認む
             高山 路爛

 人の余命を伝える医師という立場は、ある種、生死を達観した人格が求められる。中には達観と無慈悲を取違えている医師もいる。作者は友に伝え、友はそれに謝しつつ、準備を急ぐ。斯くありたい。

 太陽系第三惑星ぐうぜんに水ありわれあり牛丼を食う
             松村  威

 広大な空間から、牛丼まで引っ張ってくる。空間処理が見事なほど効いている。牛丼を食うのもぐうぜんの内なのかどうか、こんど作者に訊いてみる。

 流れゆくプールの底のタイルの目進路良好スピードまずまず
             井上孝太郎

 連作「クロール特訓中」より。作者は、実際に畳水練を行い、いよいよプールで実地訓練を行う。科学者なので、理詰めで特訓をする。またそれが、まずまず成功するところが素晴らしい。

 四球(フォアボール)四つ、死球(デッドボール)一つ見て少年野球を見限りにけり
             田上起一郎

 ものを見限る限界閾とはどこか。それが詠われる。おそらく一回にまとめて起こった事象かもしれない。すると、ヒット無しで最低二点は入る。交代はないのか、監督はいないのか、いろいろ疑問も湧く。

 おかへりと言ふとき未だはなやぎは吾にきざして君をむかへる
             勺  禰子

 作者も君も、両方を知るわたしは、内容に立ち入って好感を持つ。「未だ」というところに作者の謙遜と、歌詠みとしての内省があるが、ご馳走様の歌である。皆、是非、はなやぎの気持ちをもちませう。

2017/06/10

短歌人同人2 その2 2017/6

 半坪ほどの水屋。
 壁の本塗りがはじまる。
 塗っているのを見ながら、
 「どのくらい、左官なさってるんですか。」
 と聞く。
 「四十年超えるねえ。」
 「この頃は、あんまり左官の仕事、なくってねえ。」
 と言う。
 クロス張りが殆んどらしい。
 「和室にしたって、たいがいクロスだねえ。」
 そう言いながら、小さな壁を鏝で塗ってゆく。
 なんだか嬉しそうだ。


 五人の作者の歌、五首を。

 いくつかの嘘を用いて子に語る雷様のその強奪を
             中井 守恵

 臍を取りに来る、という怖い話を親の側からするとこの歌のようになる。わたしが一番怖かったのは、「悪い子にすると人攫いが来る」という話。震えあがった。家族それぞれに伝説がある。

 三月のセントパトリックデイパレードにバグパイプ鳴る横浜元町
             川井 怜子

 商店街として日本で最もお洒落な町。アメリカに長く住んでも、「セントパトリックの日」だけはよく分からなかった。アイルランド人以外はフィーバーしない。元町はカトリックが多いのかもしれない。

 ご長寿のミイちゃんの鼻はさくらいろ舌はももいろ すこやかである
             竹内 光江

 これは猫。今は、具合が悪くなれば手術もする通院もする。みんななかなかご長寿である。わたしの隣家のアズキも長寿で、動きはだいぶスローになってきた。

 年相応に見られがっかり五十代六十代に配るセサミン
             平井 節子

 会話の中では、人はこんなことは言わない。歌という濾過装置に掛けると、いくらでも言えるようになる。四十代に見られたいというのも、なかなか野心的である。

 浅草の既成の足袋にあきたらず向島にて足袋をあつらふ
             針谷 哲純

 これは良いことをなさった。見習いたい。伝統的な生活文化の継承は大切だ。わたしは左官職人の話を聞いて、そう強く思った。

2017/06/08

短歌人同人2 その1 2017/6

 新たな工事が始まる。
 家の裏庭のすぐ下に林道が通っている。
 その林道の地中に、温泉管が敷設してある。
 それが破れたらしい。
 五人がかりで二日。
 穴を掘り、管を切り、新たな管を敷設する。
 温泉の持ち主も視察にくる。
 わたしの家の庭を林道への通路にしている。
 最初は黙って通っていたが、
 「一言、仰って下さいね。」
 と、出て行って言うと、五人の大人がばつの悪い顔をする。
 

 五人の作者の歌、七首を。

 冬鴨のゐない川面のすつからかん光の波がゆれつつ流る
             弘井 文子

 冬の川は寒々しい。そして素っ気ない。鴨がいれば一幅の絵になるが、それも居ない。すっからかん、が効いている。あるのは光の波だけである。

 紫のとをまりのぞく土手の道クロッカスクロッカスさびしいぞ
             同

 とをまり、は十余り。小振りで花柄の固そうなクロッカスは、なんだか自立心があるように見える。そのクロッカスへ、訴えるように、頼るように、作者は寂しいと言ってみる。

 デコポンに顔を描かむとキッチンに行けば息子がすでに描きをり
             春野りりん

 この母にしてこの子あり。小さい時から、コロポックルも居ただろうし、デコポンくんも居たに違いない。もはや、息子のほうが先んじる。

 生きて見るこの世の桜アラブより還りしひとと一樹を仰ぐ
             同

 中東から無事に還ってきた人と桜を仰ぐ。生死の危機を想像したとき、他人事と思えなくなって来る。桜の画然とした美しさが、作者のその思いを一層強くする。

 耳を掴みウサギを下げし感覚が春の夕べの手によみがへる
             時本 和子

 生殺与奪の権を、まるで片手に握っているような、自分とウサギ。そのウサギの命の感覚を、作者は決して忘れない。

 退却を転進と言ひしこの国がまたも戦闘を衝突といふ
             荘司 竹彦

 米国だけではなく日本でも、ポストファクト(もう一つの真実《虚偽》)という偽りのレトリックが、権力者によって平気で使われている。転進という言い換えを実際に聴いていた作者ならではの歌。
 
 十ヶ月前に生まれたりおちゃんは這う 世界など置き去りにして
             砺波  湊

 では、すべての赤ちゃんが世界を置き去りにして這うのか。嘗て赤ちゃんだった私たちも、世界を置き去りにして這っていたのか。ただ、そんな理路を離れて、作者は、りおちゃんにそれを見た。

2017/06/07

短歌人会員1 その3 2017/6

 左官職人がくる。
 一坪の半分ほどの、水屋造成。
 網代仕立ての小さな扉を作るために、家具職人が下見に来る。
 襖張りの職人が打ち合わせにくる。
 排水、配管の職人がくる。
 スポットライトを据えつける準備に、電気屋がくる。
 なんだか、ミニチュアを作る仕事を愉しむように、わたしも職人もいそいそと時を過ごす。


 四人の作者の歌、五首を。

 にぎやかな花見の客を遠く見てビール片手に一人散歩す
             大矢 信夫

 桜が咲いている。作者は、花見とは言わず散歩と言う。賑やかな人たちもいる。あくまで作者はクールに、我が道を歩く。

 ボストンでのホームステイが終りしと電話の孫の声はづみゐる
             安達 正博

 孫は祖父を慕って電話をしてくる。アメリカでのホームステイの興奮さめやらぬまま、その気持ちを伝えようとする孫が、なんともかわいい。

 首の無きワニを羨む頸椎のヘルニアに日々苦しむわれは
             伊東 一如

 たしかにワニは頭がそのまま胴体になっている。頸椎さえ無ければ、この苦しみはないと作者は想像する。同情を禁じ得ない。

 たましいをひとつくるんだいちまいのにくにてあれば、その、展開図
             鈴木 杏龍

 デフォルメが小気味よい。わたしは、だらりと掛かったダリのステーキ肉を連想する。しかし、作者の連想は、あくまで個性的である。展開図とは、そりゃすごい。

 夜のみず溜まりひと舐め苦きそれ、荷造り紐のさきわれの舌。
             同

 作者の句読点は、よくよく考えられている。大概頷かせられる。荷造り紐の先を、みず溜まりにちょっとつけて、それを舌に付けてみた。その味。野生的である。行いも、歌も、面白い。

2017/06/06

短歌人会員1 その2 2017/6

 早起きして庭に出る。
 リールのホースを引っ張って、水を撒く。
 引っ越して来たばかりのサナダさん夫婦が、四匹の犬を連れて歩いてくる。
 「おはようございます。」
 声を掛ける。
 「おはようございます。」
 と、二人は笑いながらこちらを見る。
 ちょうど六時。

 上空は真っ青な空。
 箱根連山から丹沢連峰にかけて、白い雲が湧いている。
 相模湾は、墨を刷いたように静か。
 漁船が白波を蹴立てて、港から出て行く。
 すぐ隣の森で鶯が鳴いている。


 六人の作者の歌、六首を。

 もうしんでもういきかへりそれでよいなんだかぼくら四季のやうだね
             辻  和之

 ふっと生き返るときは、もう死んでいたことは忘れている。でも実は、奥の奥で自分は知っている。しかし、それは意識に上がることはない、そんな気がする。本当に、巡り来る四季のようだ。
 
 ゆで卵ひとくち齧り歯の跡が波打つような白き円周
             大平 千賀

 この作者には旧仮名が似合う、などと勝手にわたしは思う。リアリティーがあり、そして言葉が美しい。白き円周、はぐっとくる。

 三月の直陽(ひ)を浴び歩道ゆくまひる木綿のやうなをんなに逢ひたい
             黒田 英雄

 勝手と言えば勝手だけれど、作者の希求するものが出ている。絹のように上品な女ではなく、化繊のように薄っぺらではない、すっぴんの自然派に逢いたい、というほどの意か。考えさせる。

 高齢者講習を終へわが夫は意気揚揚と家に戻り来
             神足 弘子

 運転免許である。送り出す方も、行く方も、大丈夫かと心配している。それが上手く行く。よかった。町から遠い田舎に住むと、運転は不可欠なのだ。

 銃声が一発二発また一発春のはじめの谷間に響く
             川村 健二

 ハンターが狩猟をしている。割り当てや推奨があるのかもしれない。連作に寄れば、蝦夷鹿が打たれている。ハンターも老齢化している。

 歌なんかつくっているより勅語を暗記しろなんて世がくる気配
             小林恵四郎

 三句勅語を、で韻律がつんのめる。言葉のインパクトと、其のつんのめり感が、いくらか符合する。幼稚園児に教育勅語を毎朝暗唱させる映像が流れた。歌に残さないと、みんな忘れてしまいそうだ。