2017/09/23

短歌人同人1 その9 2017/9

 ビザの都合で、妻の娘がマレーシアを出なければならなくなる。
 一時、日本に。
 仕事はネットを通して出来るという。
 しばらく網代に居ることに。
 部屋を掃除し、壁に三つ、絵を掛ける。
 小机に布を掛け、小さな鏡を置く。
 準備完了。
 歓迎するよ。


 五人の作者の歌、六首を。

 ああ大和類子さんにふさわしい仕舞いだな短歌人届く
             長谷川富市

 短歌人会員は日本中に散っている。離れた会員の死とその様子は、大概誌上で知るに至る。最も古い会員の一人、大和さん。丁寧で、律義で、上品なひとりの優れた歌人が逝った。

 川に身を投げしと聞けば言葉なしかつての同僚たりし老女よ
             西勝 洋一

 同じ教職にあった同僚が川に身を投げる。言葉が見つからない。自分も老人だから彼女も老女。「老女よ」という結句に哀惜が籠る。

 日傘ほしいアスファルトには拳よりちいさい石が熱そうにある
             斉藤 斎藤

 小石ではない。存在感のある石。アスファルトの平面にあれば違和がある。つまり、これは置き石の歌である。故意か自然かは分からない。熱せられた状態の石。作者はその石に出会う。

 やるせなくゆける炎暑はボリュームとなれる空間を押しながらゆく
             内山 晶太

 真夏のシーンとするまで暑い日。危険の一歩手前。空間を押し分けて行く感じは分かる。ボリュームは、英語では量、嵩を表す。物体となった空間、というほどの意味で使われている。

 釜ヶ崎をみおろすあべのハルカスの展望台にいまだのぼらず
             斎藤 典子

 作者は、どうも足が向かない。富の象徴と、貧の象徴。富の頂上から貧を見下ろすという構図に、進んで身を置く気にならない、というのが一つの理由なのかもしれない。

 勝ち負けのふたつにひとつあるのみの力士の肉のぶつかる音聞く
             同

 過酷な勝負である。野球でも、大概のスポーツで引き分けがある。しかし、大相撲には勝ち負けしかない。力士には怪我が絶えない。まことに厳しい。

2017/09/21

短歌人同人1 その8 2017/9

 ツルバラ二株。
 庭の小道の入り口に、半年ほど前に妻が植える。
 伸びて来る。
 玄関でごそごそ音がすると思ったら、アーチにするアルミ材の棒を、妻が組み立てている。
 「手伝うよ、明日の朝。」
 と言って、今朝になる。
 そのままではゆらゆらするので、支柱を四本建てる。
 アーチを組む。
 地面に立てる。
 足元に、ツルバラを移す。
 伸びた蔓をアーチに巻く。
 その間に、いくつかの花木を移動。
 最後に水遣りをして、終り。
 みな、元気に伸びよ。


 五人の作者の歌、五首を。

 加計学園にまつわる報道を観覧し韓流ドラマを見落としにけり
             室井 忠雄

 みにくい利益誘導事案より、それは韓流ドラマのほうが心が洗われるに違いない。いつから日本の政治は、スキャンダルだらけになったのだろう。嘗ては、清廉な政治家がたくさんいたのに。

 共謀罪可決されし日胸糞のわろし少年西遊記読む
             大橋 弘志

 日本の国情がきな臭さを増すとき、作者は少年西遊記を読む。憂さ晴らしになるほどの愛読書があることは、まことに羨ましい。作者は十歳のころより愛読しているという。

 さみだれの盛り 水生昆虫の捕食を映しテレビ鮮(あたら)し
             大越  泉

 梅雨の盛り、水にまつわる生物はみずみずしい。その様子の一端をテレビが鮮やかに映す。タガメなど、とくに猛々しい。水生昆虫の栄えるところ、農業も人も栄えるに違いない。

 弟のハガキが届き立ったまま若楓(かえるで)の下に読みいつ
             木曽 陽子

 兄弟姉妹からのハガキは、そうそう来るものではない。手紙なら緊張する。ハガキなら心配なく読める。作者は立ったまま読む。一連の歌に、その文面は二、三行とある。姉弟の愛情。

 厚壁の「うだつ」見上げてはつなつの天領豆田魚町にをり
             佐々木通代

 江戸時代の日田天領。陣屋と郡代が置かれ、現在も重要伝統的建築物群保存地区に指定されている。うだつの残る地域も、日本には少なくなった。はつなつと、そして固有名詞が効いている。

2017/09/20

短歌人同人1 その7 2017/9

 階段に固まる土を敷く。
 道から家のある平面までは、十五段の階段。
 枠は擬木のコンクリート製であるが、階段そのものは土。
 そののり面を数センチ穿ち、固まる土を敷く。
 水を掛け、二日は置かなければいけない。
 一段飛ばしに、半分ずつ敷く。
 つごう四日間の作業。
 三和土のようで、気に入っている。


 五人の作者の歌、五首を。

 物差しの風切り音を聞きたるが刀(とう)恋い初めしはじめなりけり
             依田 仁美

 作者は剣道の大家。物差しが風を切る音で其の道に魅かれたというのは、いかにも作者らしい。先日は、清水房雄先生にまつわる剣術の話にも、快くコメントを下さった。

 どこよりもこの構内のみちにあう山本さんとまた話しこむ
             小野澤繁雄

 学校か図書館の敷地内のこと。おそらく広大であろうし、一人の人とよく出会うのも珍しい。仕事のリズムが規則正しい人同士なら、同じところで出会う。

 身の痛みやはらぐ日いつかくると思ふ「短歌人」よむ有り難く読む
             矢野千恵子

 会員の中には入退院を繰り返す人もいる。高齢の苦しみもある。そんな中で、短歌人誌をこんな風に思い、読む人がいることを、わたしは肝に銘じたい。「短歌人」には、魂の歌が沢山詰まっている。

 「天才のそうちやん」と呼びひふみんが中学生の棋譜を読み解く
             秋田興一郎
 
 藤井聡太四段の棋譜を、加藤一二三九段が読み解く。元祖天才が、平成の天才を、冷静に楽しく、敬いを込めて話すところが、棋士という特殊な世界を見せて、まことに興味深い。

 ヘッドホンはづして雲を見上げたり白ゆたかなる春の翼を
             春畑  茜

 まことに気持ちが良い。まるで、春畑さん自身による春畑さんの為の歌のようだ。代表歌の一つになるに違いない。

2017/09/19

短歌人同人1 その6 2017/9

 強風で外壁の板壁が飛ぶ。
 縦長のもの二枚だけ。
 軽微だけれど、修理してもらうことに。
 大工さんに相談すると、火災保険が出ますよと言う。
 地元の農協の火災保険なので、相談する。
 すぐにやってくる。
 損傷部分の写真を撮っていく。
 みな、仕事が早い。
 

 五人の作者の歌、五首を。

 私たち九十歳まで生きさうよ くすくす笑ふ月見草咲く
             宮本田鶴子

 長老の高齢者が、斯く明るく話す。読者も明るい気持ちになる。くすくす笑ふが、会話をしている人たちと月見草と、よい加減に同時に掛かっている。それも明るい。

 道の辺に待宵草の咲く夕べ鍬をかついで亡母帰り来
             石川 良一

 ともに農業を営んでいた母が、鍬を担いで帰ってくる。現在形で詠われている。作者は、待宵草の咲く夕べに、幻をみているのである。母を思う切ない思いが、しみじみと伝わってくる。

 いかがなる生をたどりししんぶんに松岡洋右享年五十二
             藤井 良幸

 松岡洋右は、実際は六十六歳で逝去。五十二歳は、国際連盟脱退の演説をした昭和七年の年齢である。何れかの新聞がその年を享年と記した、ということかもしれない。新聞名が分かるとよいが。

 拡大鏡メガネというを通販で買えど腹立つこのやくたたず
             松永 博之

 通販に引っ掛かるというのは、近代以降例に事欠かない。通販が会社から個人のレベルになり、ヤフオク、メルカリになっても、当たり外れは無くならない。気の毒だけれど、痛快な歌はできた。

 せせらぎのほとりに斜面の木木の間に右に左にほたるが光る
             庭野 摩里

 螢の連作。闇深い林野、小川に蛍が光る。読者を、幻想の風景に連れて行ってくれる。作者は老い母とともに蛍を見に来ている。母は八十年ぶりだという。

2017/09/18

短歌人同人1 その5 2017/9

 雙柿舎(そうししゃ)へ。
 坪内逍遙旧居。
 大正九年に、逍遙自身の設計で、この熱海の山の手に建てられたもの。
 建物と庭を巡る。
 一人の文学者の、その生活と生き方に触れるような気持にしてくれる。
 丸眼鏡をかけた逍遥先生。
 まことに人が良さそうである。
 若い奥さんがきれい。
 案内のお二人が、とても丁寧に応対して下さる。


 六人の作者の歌、七首を。

 ひろびろと利根はながれて水ゆたか潮来の橋をわがバスわたる
             小池  光

 風景が眼前のもののように広がる。作者の位置も状況も明瞭に伝わってくる。無駄なく、詩情豊かな一首。

 おほははに連れられ湯治に行きしより六十余年がみるみる過ぎて
             同

 幼い時の記憶は、小さなフレーミングの中のトーキー映画のようである。登場人物の殆んどの人は亡くなっている。それらの貴重な映像、すなわち思い出は、数瞬前のもののようでもある。

 傾きてよろぼふ歩みにころぶなと老(おい)をみるごと国を危ぶむ
             蒔田さくら子

 作者の足元は実にしっかりしている。その蒔田さんが、九十代、あるいは百歳の、足元の悪い老いをみるように国を見ている。そこに私たちの責任がある。

 パーマ禁止はわが生まれたる年にして敗戦まへの戦中のこと
             三井 ゆき

 戦中の生まれ年のパーマ禁止を、作者は後に聞いて、大切な出来事として忘れない。まるで現代と共鳴をはじめそうな気持がしてくる。

 人ひとり焼かれて骨となるまでの一時間稲荷寿司食ひて待つ
             長谷川莞爾

 自分がどちら側になるか、紙一重の時間を一生という。即物的に詠うことによって、読者にそんな感慨を持たせる力がある。技術の進歩で、焼く時間は劇的に短くなった。はかない。

 洞窟を掘りし朝鮮の労働者のたむけに植ゑしむくげなるかな
             杉山 春代

 埼玉に百穴と呼ばれる洞窟がある。太平洋戦争末期、軍需工場を洞窟奥に造るため、数千の朝鮮人労働者が働いたとされる。国花である槿を、後に植えたのかもしれない。

 コーヒー付ピラフは七百円のまま友と落ち合う「青い果実」に
             林  悠子

 変化の激しい世に、変わらないモノはよい。内容と値段の変わらぬメニューなどは、まずその一つ。店名がまた鮮明に響く。

2017/09/17

短歌人同人1 その4 2017/9

 寝室の窓に掛かったゴーヤの蔓を取る。
 中から見る。
 あの、得も言われぬ緑の陰影がなくなった。
 つまらない。
 早く、来年の夏が来ればいいのに。
 最後の小振りのゴーヤ五本を、妻が鶏のささ身と炒める。
 薄切りの小さいゴーヤ。
 よく育ってくれた。
 うまい。


 六人の作者の歌、八首を。

 過去形で語れるようになるまでの月日なりけり戊辰戦争
             武藤ゆかり

 作者は函館の五稜郭にいる。戊辰戦争から百四十九年。これが国家間、民族間の戦争なら、恨みの記憶は六百年消えないという。確かにそうだと思う。DNAの記憶としてあるわけで、深い。

 汗腺の位置を確かに感じをり風途絶えたる午後の教室
             藤本喜久恵

 作者は教壇に立っている。性を詠わずにセクシーさを強く感じさせる。人の身体は、そもそも性そのものである、ということを改めて感じさせてくれる。

 六月の灰色の海見えてゐる根府川早川雨にしぐれて
             高田 流子

 作者は東海道線の電車で小田原に向かっている。真鶴を過ぎて、根府川、早川辺になると海がよく見える。わたしも、海を見るために必ず山側に座る。相模湾はいつも灰色である。

 六月の木に咲く花はみな白しけふまで生きたいつまで生きる
             同

 夾竹桃の白花が、連作の歌に出てくる。ふっと立ち止まる時、下の句の作者の感慨は、広く共感を得るに違いない。わたしの周りにも、病気の人、新たに病気を得た人が多い。

 洗ひて干し洗ひて干しのちの世に続く布うつくし空ほどもとほく
             酒井 佑子

 人はだれでも美しい布をもっている。和服も、様々な端切れも、異文化の布も。美しいと思う人が居る限り、布は遺る。自分という限界を超えて、遺る。モノの深い美しさを詠った歌。

      くろは                 にぢゆう さんぢゆう
 つややかに黒翅うつくしきごきぶりをわが殺しけり二重に三重に
             同

 心の矛盾を押して、わたしもゴキブリとムカデだけは殺す。上の句の描写は、矛盾の因って来たる所以を表す。下の句、とくに結句は、その矛盾の結末を示す。

 ゾッコンに漢字あてれば属魂かこころはきみの手中に属す
             谷村はるか

 作者のプロ野球好きは有名。連作から、彼女が惚れ込んでいるのは、横浜ベイスターズの山崎康晃投手であることが分かる。下の句は、手中の球を指している。本物の野球ファンは違う。

 今生のつひの一口もういいと母の言ひにし素麺すする
             中地 俊夫

 中地さんのお歳にして母の一言が浮かぶ。人はだれでも、親の姿や言葉を間歇的に思い出すものである。それが、素麺を食べるときかもしれないし、それぞれにきっかけがある。


2017/09/15

短歌人会員1 その3 2017/9

 片手に大きなゴミ袋を提げて、ゴミ出しに。
 道の途中で、地面のドングリに気づく。
 集積所からの帰り道、さっき見つけたドングリを探す。
 あった。
 拾って掌に。
 小さく、青く、若々しいドングリ。
 笠も固くついている。
 しばらく行くと、また一つ。
 拾う。
 家へ。
 「こんなの拾ったよ。」
 と、見せる。


 五人の作者の歌、五首を。

 この国はこの程度の人物に託して来しかと苦く思へり
             水島 和夫

 テレビでもSNSでも、公的私的に関わらず不祥事だと認定されれば、甚だしいバッシングが起こる。作者のように、静かに批判する語り口の方が、なんだか痛烈に聞こえる。同感である。

 現場検証逃れて夫は鯛焼きを三匹買ひてわれに勧めぬ
             西橋 美保

 一緒にいた近親者が亡くなった、という背景らしい。病死かどうか疑義がある時、検視が行われる。夫は鯛焼きを買って、妻と自分に平静を取り戻そうとする。一匹半づつ食べるのかもしれない。

 持参したる発芽玄米に注目が 社食は小さなコロニーである
             高澤 志帆

 相互の関係も、話し方も、仕事時間とはまた違うのが社員食堂。しばし緊張から解放されて、みな柔らかくなる。小さなコロニーというのが、言い得て妙。

 太つたひとの「ごめんあそばせ」と去りしのちひとのかたちに香ののこりをり
             花鳥  佰

 鹿鳴館あるいは大正時代の女性の言葉のようである。現代に生きているかと、深い感慨を持ちながら読んでいると、さすがに香の残り方は尋常ではない。

 わが生はわが引き受けるほかはなくたつたひとつの影を曳きゆく
             原田 千万

 上の句はありがちかもしれないけれど、下の句に作者の個性が滲む。作者が、一つだけの影を曳きながら、どこまでも歩いてゆく姿が浮かんでくる。