2017/05/25

短歌人同人1 その3 2017/5

 工事が入る。

 今までの、コンクリートの床の洗濯室を、板張りに。
 それなら、手作りの「見なし水屋」を本物の「水屋」にしよう、となる。
 じゃあ、一番奥にトイレを増設したい、となり、そうすることに。
 南パサデナに住んでいる建築家/画家/俳人の親友に、図面を描いてもらう。
 二坪の造作。
 彼が現地を踏む。
 これが、この家の第三期工事。
 楽しみ。


 四人の作者の歌、六首を。
  
 平身低頭水道管を耐震の水道管にとりかえる工事
             柏木 進二

 分かるようで分からない。省略が不思議で、その加減が絶妙といえば絶妙。工事自体に平身低頭の態をとっているような気がしてくる。

 家じゅうの油性ボールペン使いきりかねてよりの水性ボールペン取り出す
             同

 わたしは腹を抱えて笑う。笑わない人もきっと居る。まず言葉が面白い。態度が面白い。「かねてよりの水性ボールペン」とは何か? 茂吉も唸る。

 春のみづ蛇口にほそく垂らしつつ傷洗ふかな傷冷ますかな
             阿部 久美

 春の歌として、忘れない歌になるだろう。やさしさが一首ぜんたいに溢れている。傷さえ、なにか良いものに思われてくる。

 連帯といふ語にとほく夕暮れのバス停にわれと街灯立てり
             藤本喜久恵

 自分ひとり、街灯一本、たまたまそれを意識した時に、過去の連帯という言葉が浮かび、連想が作者の中で広がってゆく。

 樹の下に火を焚く翁めく我はまづ青文字の香り愉しむ
             西王  燦

 作者は火の中へまづ青文字を入れる。わたしは見たことが無い。芳香があり、楊枝に使うとある。家の庭の黒文字と似ている。半日陰に植えたせいか、二十年経っても一メートルにしかならない。

 たはむれに牛尾菜を食へばゆくりなく土屋文明も思ひ出さるる
             同

 難読文字。シオデという。サルトリイバラ科。戦中戦後、疎開先の川戸で、文明が家族とともに食べたのだろう。テイレキ(クレソン)も有名である。肥(人糞)を桶に、肩に担いで畑まで登ったという。

2017/05/24

短歌人同人1 その2 2017/5

 久しぶりに曇り。
 海も山も白い。
 真夏のような気温から一段落。
 風が気持ちよい。
 妻が植えたグラジオラスがどんどん伸びる。
 道の際に植えてあるボトルブラシは、赤くなり始める。
 隣家でも、嘗て一緒に植えたボトルブラシが色づき始める。
 あちらは紫がかった赤。
 珍しい色。


 六人の作者の歌、六首を。

 ぬるき湯につかりガムランききをればわれはそろりと蛇になりゆく
             花鳥  佰

 バリ島の音楽、ガムラン。あの金属的な多彩な音に、蛇と言われ、なんだか納得する。日本人が魅せられて、バリには大勢いるらしい。

 ミントガムにちゆにちゆ噛んで空青し なんだかみんなうまくゆきさう
             小島 熱子

 作者のガムの嚙み方と語感に瞠目する。そして下の句の明るい詠いぶり。縛られない楽観性は、人を助け世を助ける(とわたしは信ず)。

 たどりつきし五人目の医師たのもしくも「手術できますよ」われに告げたり
             竹浦 道子

 四人の医師に断られている。手が無いと言われているのと同義である。その間の葛藤を想像する。ついに五人目にして、斯く言われる。

 夕焼けが赤く染まりて人生が行きづまるとき合谷を押す
             真木  勉

 風景に仮託した観念を、一瞬に具体に戻す。読者は、その意識を自在に操られてゆく。合谷は、親指と人差し指の交わる手の裏。経絡に、首から上の熱を取り去ると言う。歯痛にもよく効く。

 人の名を度忘れすればア行よりカ行の段に移るふたたび
             倉益  敬

 できれば言わずに置きたいけれど、わたしもよくある。ア行からワ行まで、一字一字、その人の名が無いかと頭の中で探す。作者もご同類だったとは。

 ディストピア小説かかへ桃の咲く百万遍ゆく大森望
             橘  夏生

 大森望はSF編集者、翻訳者。SFとディストピア小説は、重なる部分も多い。場所は京都。多彩な材料が、にぎにぎしく歌を作る。

2017/05/23

短歌人同人1 その1 2017/5

 洗濯機が壊れる。
 動く。
 動くけれど、洗剤を入れ洗濯している時だけ動かない。
 濯ぎも脱水も動く。
 があーっ、があーっと、洗濯をしている音はするが、動かない。
 それに気づかず、二ヵ月ほど使っていた。
 「どうも汚れが落ちないねえ。」
 などと言い合っていた。
 簡単なベルトの故障か何かなのだろうけれど、十二年使ったことであるし、リアタイしてもらうことに。
 よく働いてくれた。


 五人の作者の歌、五首を。

 苦しみを見抜いた人はもういない濡れたるままの傘をたたみぬ
             岩下 静香

 見抜いた人とは夫かもしれない。他界してしまった。下の句の所作に、しずかな悲しさが滲む。

 石垣のとぎれし間(くわん)にくれなゐのふいにさびしき昼の梅みゆ
             青輝  翼

 石垣の途切れた間を、詠む。こんな歌を見るとき、批評の嬉しさがある。場所が分かり、時間が分かり、作者の目線と気持ちが分かる。

 空中より小刀一振り現はれてわが左胸刺し続けたり
             有沢  螢

 不穏で、不思議な歌。空中に小刀一振りが現れるのを見る人は、そう居ない。夢か白日夢か分からないけれど、どこかに作者の希望が投影されているかもしれない。

 全身をふるわせて泣く健康は子の肉体を茂らせていく
             鶴田 伊津

 責任担当の自覚のない男親なら、おろおろと見るかもしれない。母は強い。殆んど冷たいと思うほど、子の全体を見ている。

 ときどきは間違いもする地下鉄を降りて昨日の方へ行ったり
             猪  幸絵

 なんだかシュールである。「昨日、用があって降りた方角」の方へ、とか何かしら理路のある省略があるのだろうけれど、まるで昨日という時間の方へ行ったように感じさせる。

2017/05/22

短歌人同人2 その5 2017/5

 水上薪能をみる。
 「伊東祐親まつり」の中の白眉。
 暗闇の川に設けられた能舞台に、篝火が焚かれ、七百年の劇が演じられる。
 狂言は「伊文字」。
 野村萬斎が、通行人となり、歌関に止められて、大名と太郎冠者の問いを受ける。
 和歌に詠われた、「い」の字のつく国名と里名を訊かれる。
 その問答、動き、表情が、まことに愉しい。
 能は「百萬」。


 五人の作者の歌、六首を。

 なつかしい孤独だ 月の夜を来て神田須田町チャルメラの音
             螟虫  良

 東京で言えば、谷中とこの須田町が江戸の面影を残している。何か懐かしい。丁度月が出ている。そこへチャルメラの音。道具が揃い過ぎている感もあるが、幻の音でもいい。

 この先に出口は無いと書かれたる板切れのあり その先へ行く
             斎藤  寛

 行き止まりである。しかし、結句のその先とは。当然、板切れの先であろうけれど、行き止まりのその先のような気がしてくる。暗喩とも取れる、としたのは作者の意図に違いない。

 天空を仰ぎしのちの静寂よ金澤翔子が筆もつまでの
             春野りりん

 伊豆修善寺に、「金澤翔子美術館」がある。ダウン症をものともせず、霊魂を写し取ったような気迫に満ちた書が展示されている。彼女の書に臨む場面がここに歌となり、わたしはまことに嬉しい。

 木の陰に子らとフリスク分け合ひて悪事ひとつをなし得しごとし
             河村奈美江

 同一行為を、狭い空間で緊密に行う。木陰でフリスクを分け合うことも、まさにそれ。悪事の実行に擬するのも、分かる。上手い。

 悲しみもよろこびもおなじ揺れ幅でわれの内なる水揺るるなり
             中井 守恵

 人は水。水から生まれ、体もほぼ水である。その水が揺れる。作者にとっては、悲しみも喜びも同じ揺れ幅で、まことにかなしく揺れる。

 赤ん坊の水の重さを抱きつつ津波のことをおもいていたり
             同

 赤ん坊も水。その重さを抱く。水が津波を連想させる。仙台に住む作者であれば、津波の記憶が常に意識野にある。

2017/05/20

短歌人同人2 その4 2017/5

 快晴。
 海は墨を流したように静か。
 岸近くには赤潮が見える。
 白い航跡を曳いて、沖を初島航路の連絡船がゆく。

 昨日の晩は、寝た後にブーンと音が来る。
 灯りをつけ、ラケットを持ち、蚊をさがす。
 電気の通ったラケット。
 三度寝て、三度繰り返す。
 三匹、退治する。


 五人の作者の歌、六首を。

 会ひたくない人がこの世に何人かゐて一人目がいま眼前に
              芝  典子

 自分の場合を思い、いろいろ考えていたら、十分間経ってしまった。読者にそんな風に考えさせる歌。

 朝朝にソーシャルネットワーキングサービスを見る 人はさびしい
              弘井 文子

 SNSである。FBもTwitterもミクシィも。誰もが、まず自分に関係したことを見る。それから人の言いたいことを見る。自分が設定した範囲・領域で、世の中の動きもみる。まったく、人はさびしい。
 
 二割ほどはすごい美人と聞かされてキエフ銀座をひと巡りする
              井上孝太郎

 昔からロシア美人という言葉がある。その語感から言えば、二割とは辛口である。十人いてたった二人。言ったのは誰だろうと気になる。同僚の日本人かもしれない。モンゴロイドの憧れが出ている。

 真剣に怒る知恵子の怖ければ死期ちかしとはたれもおもへず
              長谷川知哲

 生気に溢れていることが示される。人の最後とは何なのか。最後の後は如何なるものなのかを考えさせる。わたしは、続いているものだと思っており、正直楽しみにしている。
 
 暁闇の相模の海をじつと見る今年はじめてのブラマンクの空
              同

 作者は窓から眼下の海を見、そして空を見る。画家ブラマンクの描く、黒と濃紺の鋭く暗い空が広がっている。

 あかあちやんを「母」に改め話し出す いよいよ中学生にならむ明彦
              竹内 光江

 小学生が、「母が」と話し出すとは立派である。自分が、そう話し出したのは何時だっただろうか。高校かもしれない。立派だけではないものも、そこにあるかもしれない。

2017/05/19

短歌人同人2 その3 2017/5

 日奈久温泉「松の湯」へ。
 昭和六年開業の温泉銭湯。
 脱衣場と風呂の間に仕切りがない。
 脱衣場は、一メートルほど高い桟敷のようになっている。
 入ってくる人が、必ず挨拶をする。
 わたしもする。
 さらりとした、まことに気持ちの良い湯。
 そこを出て、温泉神社へ向かう。
 階段の途中に平地がある。
 真中に、土俵の跡がある。
 周りを石積みの桟敷が囲む。
 嘗ては、毎年相撲大会が開かれたという。
 どの時代にも、楽しみと賑わいがある。


 五人の作者の歌、六首を。

 眼の前に座れるジャック・ニコルソン池袋駅構内へ消ゆ
              村田 耕司

 本人か、似ている人か、幻か、分からない。作者はジャック・ニコルソンと見極める。それが、あの喧騒甚だしい池袋駅構内へ消えて行く。まさに絵になる。

 あこがれの人も老いたり 着ぶくれて朝餉の卓につくを見やれば
              佐藤 由美

 夫か、他人か。ともかく百年の恋は醒めた。一方的にその人の老いを責めているわけではない。自分の老いも換算に入っている。

 左脚の肉と皮とを削がれたるボーダーコリーに寄り添ひてをり
              高山 路爛

 犬は車に轢かれた。どんなに苦しくても痛くても、泣き叫ばない。うなだれ、力を落とし、それでもじっと我慢する。動物は哀しい。

 これからはちょっとやそっとじゃよろけないポストのようなものに成るべし
              韓  貞姫

 作者はコメディ調に言っているのではない。悲しさ苦しさに負けないようにと、律義に言っている。そう思うと、読むほうもしみじみと感じてくる。

 「ふくしま」を名告れぬと言うニュース見て朝鮮人を隠すわれを知る
              同

 隠す方も隠される方も、重いものがある。アメリカ人、日本人、朝鮮人と順次発声してみると、言葉に宿る観念は、やはり重い。斯く詠う作者の勇気を称えたい。

 マクドナルド南二条西二丁目店ほとんど日本語が聞こえない
              松木  秀

 作者は、札幌へ行きマクドナルドへ入る。ほとんど外国人である。おそらく中国人と他のアジア人が大半を占めている。日本の観光地は、至るところこんな状況になりつつある。

2017/05/17

短歌人同人2 その2 2017/5

 日奈久温泉駅へ。
 列車は、肥薩おれんじ鉄道。
 ホームに降りると、構内に等身大の山頭火像が。
 切符を手渡しし、駅を出る。
 まことに鄙びた町。
 案内板に従って、温泉街を目指す。
 丸い板に書かれた山頭火の句が、至る所にぶら下がっている。
 竹輪屋が何軒もある。
 一軒をのぞく。
 「どうぞ、どうぞ。」
 と言って、出来立ての竹輪をくれる。
 すばらしく美味い。
 しばらく歩いてもう一軒のぞく。
 「食べてって。」
 と言って、揚げたての千切り揚げをくれる。
 これも、なんとも美味い。
 

 六人の作者の歌、六首を。

 いつまでも喋り続けるいもうとの真後ろにある辞書を取りたし
              有朋さやか

 姉が聞いてくれていると思い、妹は一生懸命喋っている。姉は興味が無い。姉妹の近いような遠いような関係が目に浮かぶ。

 送迎のバスに揺られをり制服の園児ただしく前向きに座り
              佐藤 大船

 バスが揺れる度に、制服の園児全員が揃って揺られている図が目に浮かんでくる。ただしく、が上手く言い表している。

 金正男(キムジョンナム)殺害事件の圏外に影ひきながら紅梅は落つ
              荒井 孝子

 知らぬ間に真実は曖昧にされ、もうニュースの世界からは消えている。紛れもない暗殺事件であり、短歌はそれを記録する。
 
 上映時間二時間五十分、「沈黙」を観むとあんぱんひとつ買ひたり
              時本 和子

 この暗く重厚な映画を観るのに、徒手空拳では入れない。まるで、手に得物をもって入るように、あんぱんを買う。あんぱんがそう見えてくる。

 あつ転ぶ転ぶと言ひつつ体重をかけて転びぬ無事に転びぬ
              上杉 諒子

 転ぶが四回も出てくる。なかなかない。スローモーションのように、最後の安心までが語られる。無理に抗うのが良くないという。体全体でゆっくり調整しながら転ぶのがいいのかもしれない。

 ボンカレー茶漬けをたのみに秋まではなにがなんでもかんばる所存
              魚住めぐむ

 そんな茶漬けがあるもの知らなかった。それを頼みに、作者は頑張る。秋までと時期を区切っているところは、なにかしら心配な気もするけれど、とにかく頑張れ。