2018/02/22

短歌人同人1 その1 2018/2 #短歌

 平成三十年二月二十日、金子兜太、逝去。
 藤田湘子と絶妙の掛け合いをしながら、俳句王国に出ていたその雄姿を忘れない。
 
 句集『少年』
 トラック島(昭和十九年~二十一年)

 青きバナナ部屋の真中に吊りておく
 古手拭蟹のほとりに置きて糞(ま)る
 魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ
  帰国(三句)より
 水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る


 四人の作者の歌、八首を。

 軒下の四白の山を見下ろして氷雨の朝の腕まくりかも
           武下奈々子

 軒下から山を見下ろすという視線の角度が、雄大な景色を想像させる。作者は腕まくりして、これから何事か大仕事を為そうとしている。

 キムジャンにあらぬ吾が家のタクアンジャン二斗樽三つ据ゑて頼もし
           同

 キムチを漬け込む行事がキムジャン。山深く棲む作者は、冬の大切な貯蔵食として沢庵を漬け込む。わたしの小さい頃、母もまたどの家も、窓が隠れるほどに沢庵を干していたものだ。

 冬越しの根菜青菜たくはへて雪待つばかりの山の深し
           同

 北陸の雪は、今年は記録的である。ふた月或いはもっと前の秋、予言のようにこの歌が詠まれる。雪国の冬の備えは、命と健康にかかわる。恙なきことを切に祈ります。

 落葉降るひかりのなかを平野二郎国臣像が空に聳ゆる
           青輝  翼

 平野二郎は幕末の志士。和歌も多く作る。明治維新の四年前、三十七歳で死す。福岡にある像は、基壇だけでもとても高い。西郷隆盛を助けた志士が、空に聳えている。

 土のうへ風船葛の落としたるさみどりの色ひろひて帰る
           同

 さみどりの、色を拾って帰る。軽やかで清々しい歌。

 色褪せし大き羽子板藤娘父の遺品とともに捨てたり
           有沢  螢

 遺品も人形も羽子板も、自分本人にとって意味があるばかりで、残された人の負担は思う時、無いに越したことはない。父上が張り切って買ってくれた羽子板だったに違いない。

 体育館のなかより激しくボール打つ音が聞こえて母校中学校の前
           関谷 啓子

 バレーボール部の練習なのだろう。母校の前。懐かしいような、よそよそしいような、二重の感覚がやって来るものだ。

 「甘納豆」を袋ごとひとりで食べたしと十歳のころ思いしものを
           同

 作者は小学四年生。昭和三十六年頃は、お菓子屋はまだ量り売りが多かった。くじ引きで甘納豆の大小の袋がぶら下がっていたものだ。どの家も兄弟が多い。泣けてくるような歌。

2018/02/21

短歌人同人2 その6 2018/2 #短歌

 曇り。
 海も山も白くみえる。
 一時避難だと言って引っ越して来た息子は、家の車に敷布団とダウンの掛布団を積んで、どこかへ。
 旅に出たのかもしれない。
 何も言わずに出るところが、似ている。


 四人の作者の歌、五首を。

 海ちやんほら夕焼けきれい空も雲もいろんな赤にそまつてゐるよ
           弘井 文子

 小さい子の気持ちの中に入って語り掛けている。児童文学の村岡花子の口吻を彷彿させる。子どもの受容する心を信じる、という大切な気持ちを思い起こさせてくれる。

 廃道となりたる川の道をゆくコナラ、カシの実ぐりぐり踏んで
           同

 トンネルやバイパスなどが出来ると廃道ができる。しかし、雑草に被われても、人が歩く限り道はある。自然が盛り返す。作者は元気に進んでゆく。

    国立歴史民俗博物館
 死してなほ「畜」の文字(もんじ)を刻まれて<ゑた>の少女の墓石つめたし
           春野りりん

 中世、近世の政治社会的な人間差別。江戸時代は非人と言われ、明治以降は新平民と呼ばれる。権力が決めた差別に乗って、人々が執拗に差別する。人の卑しく酷い心性の犠牲を、許してはいけない。

 木材のかおりはすがし二軒先にわかい家族の家建ちあがる
           越田 慶子

 一軒家が建ってゆくのは、他人事ながら嬉しい。これがマンションなどの集合住宅なら、そんな感慨は湧かない。わかい家族が、新しいご近所になる。

 公園から戻り来し子の冷えた掌が愉しげに吾の両頬捕らふ
           河村奈美江

 母と子どもの愛情が詠われる。数十年して、子がこの歌を見るとき、如何に母が生き生きと見守っていてくれたかを知るに違いない。

2018/02/20

短歌人同人2 その5 2018/2 #短歌

 朝、陽の上る前に起きる。
 夜が明ける。
 しばらくして、朝日が差し始める。
 この時季、南向きの熱海や湯河原の町に、光が当たり始めるときが最も美しい。
 やや赤い金色に、一時だけ変わる。


 五人の作者の歌、五首を。

 建売の二軒が埋まり六人の子供あらはるわが町内会
           川井 怜子

 いまどき、六人の子供がくるのは珍しいし、まことに有り難い。わたしも四半世紀前に、三人の子供を連れて引っ越して来たとき、随分歓迎されたことを思い出す。

 五人分の洗濯物をとり入れてたたむ楽しみ韓ドラ見つつ
           安藤 厚子

 五人分の洗濯物は多い。しかし、畳んで並べた衣服を見るのは気持ち良い。韓ドラというのを、わたしは見たことがない。ブームと縁遠い。面白いのよ、と短歌人の女性たちは言う。

 大量に頂くライムの使い道ビールに絞って絶賛される
           上原 康子

 これはやったことがない。是非やってみたい。テキーラなどにはそんなこともする。カクテルは勿論。なんとも気持ちの良い歌。

 新しき眼鏡をつくり歪みたる世界にチューニングを合はせゆく
           松野 欣幸

 一読、当然のことと思いつつ、立ち止まる。再び読むと、歪んでいるのは自分の眼球ではなく、世界の方であるという気がしてくる。作者の自恃、そして強さが伝わってくる。

 先に出掛けたあなたの言葉がそこにある休日用の靴はばらけて
           大平 千賀

 夫の平日の出勤の行き返りは、しっかり靴が揃っている。休日はスイッチが替わり、靴はばらける。ばらけ方の中に、作者は言葉を読み取る。

2018/02/20

短歌人同人2 その4 2018/2 #短歌

 快晴。
 やや冷える。
 久しぶりに花壇が荒らされている。
 杭のような足跡。
 イノシシかアナグマかどちらか。
 チューリップの球根が植えてある辺りを掘り返している。
 花の球根は大概毒で守られているので、食べられはしない。
 が、掘り返されるのは困る。
 じきに山に春が来る。
 それまで花壇は堪えてほしい。 


 五人の作者の歌、五首を。

 雨の夜をただよふごとくゆく電車ひとりになりて運ばれてゆく
           田中  愛

 不思議な雰囲気がある。このまま何処へ運ばれてゆくのか。幽界行の電車のような感じがしてくる。連作によれば、これは終電車である。

 上がりて揺れ下がりて揺れる細き棒存在感をささやかに見す
           井上孝太郎

 一連の題は「踏切」。棒だけを五首詠んでいる。物を即物的に詠むのは面白い。下の句は即物的とは言い難い。思い切ってそうして欲しかった気もする。

 黒鉄(くろがね)の強制収容所(オシフィエンツィム)の看板のBの字が逆さになつて抵抗してゐる
           如月  佳

 作者はワルシャワ郊外の強制収容所跡に来た。ポーランド語でオシフィエンツィム。ドイツ語でアウシュビッツ。ドイツ敗戦後、怒りと悲しみが看板に向かう。今もBの字の抵抗はつづいている。

 必要なことしか話さぬ宅急便の配達人が空を指さす
           牛尾 誠三

 過重労働の代名詞のようにも言われる宅急便の配達。配達個数による歩合給も、給料の仕組みに入っている。その中で、配達人はウイットを効かせ、空へ向かって指をさす。

 北の地の人々は心優しきかな極貧の歌人に手を差し伸べぬ
           高山 路爛

 その通り。北海道の人々は、彼の地の先人が啄木と家族を助けリスペクトしたことを、誇りに思ってよい。啄木は、函館でも素晴らしい歌を作っている。

2018/02/19

短歌人同人2 その3 2018/2 #短歌

 「絶対勝つ。」
 と思うと、潜在意識は委縮する。
 負ける事が対置され、強く意識されるから。
 「自分の力を最大限に出す。」
 と思うと、潜在意識は、自由闊達に体の能力を解放する。
 (以上は妻が教えてくれた。)

 メダリストのインタビューが続く。
 まことに印象深い。
 すばらしい。
 テレビの前で、何度も拍手する。


 六人の作者の歌、六首を。

 誰かれを呪はぬためにくだらないテレビに日毎ばか笑ひする
           伊庭 虎英

 テレビの番組内容の劣化が止まらない。出演者というより、番組を企画制作する人間たちの劣化、という言い方が正しい。作者は見てばか笑いする。分かる。わたしは見ない。

 怒るとも泣くとも知れぬ友の顔やがて明るむわれを認めて
           竹内 光江

 連作によれば、友は重病の床にいる。やり場のない気持ちを孤独の心に秘めているところへ、作者が見舞いに現れる。僥倖が来る。

 木の節が顔に見えたらあああああもう顔にしかみえなくなるの
           桑原憂太郎

 よくある。子どもにも大人にも。ロールシャッハ・テストも然り。車で二十分ほどの来宮神社に、樹齢二千年の楠がある。幹の中に、龍や大蛇や人の魂や顔や、いろんな形が見える。

 おほきな傘をもつていきなと夫がいふ雨の外出見送られつつ
           佐藤 由美

 黒い男用の傘。女性が持つには無骨だけれど、雨に濡れないことを一番に考えて、妻を気遣い、夫が言う。そして見守り、見送る。

 テーブルの長辺に三人 短辺に一人ずつ座せば、一人余れり
           蜂須賀裕子

 小学校何年生かの算数の問題のようでもある。しかし、全員で何人いるかは断定できない。ずつ、がどこに掛かっているかによる。それは歌の不備とも言えるけれど、とにかく面白い。

 兎語録(とごろく)にごきげんはクックッふきげんはブウのんびりは歯音かちかち
           菅 八重子

 連作によれば、隼人と名付けた兎が亡くなった。これだけ兎の語録を知るに至ったのは、作者がそれだけ大切に可愛がったから。生きものは、かわいい、そしてかなしい。

2018/02/18

短歌人同人2 その2 2018/2 #短歌

 引っ越しが続く。
 妻が娘の、わたしが息子の引っ越しを手伝う。
 人は人生のなかで、幾度引っ越すか。
 数える。
 三条で生まれ、高校のあと東京へ出て以降、十六回。
 そのうち、アメリカ六回。
 多いか少ないか分からない。
 アメリカなら普通のような気もする。
 妻は多い。
 啄木も多い。
 北斎は桁外れ。
 遊牧民族に憧れ、Nomadという言葉にぽーっとした時期もある。
 ランボーを理想に考えたこともある。
 ゴッホだって引っ越す。
 ゴーギャンも。
 『書を捨てよ、町へ出よう』があった。
 十六回には、居候や長期の旅行は入っていない。
 十ヵ月の旅、二回。
 芭蕉も漱石も茂吉も行く。
 鄭成功も。
 みな人生。


 四人の作者の歌、六首を。

 新品のスケボー二台リビングの端から端までそろりと滑る
           長谷川知哲

 屋外仕様の道具も、包みを解いた新品は家の中でも使ってみたくなる。二人でリビングの短い距離を滑る。

 坂を下り勢ひのまま突堤の先まで滑るスケボーの自在
           同

 小さな板に乗って、坂の勢いのまま滑ってゆく。作者の嬉しさが、自在という言葉に表れている。

 筋肉の中で出血してますね、と朗らかに言ふ馴染みの医者は
           同

 スポーツに怪我は付き物。肉離れは最も軽い故障のひとつ。それを日常的に見慣れている医者が、朗らかに病状を告げる。

 秋好日三たび四たびと庭に出ですぢ雲の変容のさまを見つ
           永井 秀幸

 小春日。高空にすぢ雲が出ている。作者は晴れ晴れとした気持ちで、幾度もそれを見る。

 ひとつまた内うちの話かかえこみ割れし柘榴の道かえりきぬ
           荒井 孝子

 告げられるものは防げない。内うちの話は、決して外へ話せない。柘榴の赤い実を見ながら、作者は家に帰る。

 みんなみの島にも季節は巡り来てえのころ草に霜月の雨
           謝花 秀子

 沖縄の霜月。霜は降りないけれど、季節は来る。おそらく路傍のえのころ草なのだろう。雨が当たっている。自然を慈しむ目が、其のえのころ草を見ている。

2018/02/16

短歌人同人2 その1 2018/2 #短歌

 今日までは早春の陽気。
 明日からまた寒いという。
 隣の森の白梅が満開。
 並んでいる早咲きの桜も満開。
 春霞の海と山に囲まれて、この二本の樹は美しい。
 日が照ってきた。


 三人の作者の歌、六首を。

 ツイードのお気に入りのジャケットを着せられて寝てゐるやうに死んでゐる父
           勺  禰子

 死者はだれでも寝ているように見える。亡くなったのだと、繰り返し、それも瞬時に幾度も、心で確認する。結句には、作者と父の固有の距離が表れている。

 17番基火葬炉のボタン恙なく押されて朝一番の骨上げ
           同

 父の火葬。一時間乃至一時間半の時間の経過が詠み込まれる。何番炉と確認する眼も、恙なくと表現する心も、作者の屈折が明るい言葉に仮装されて表わされる。

 先にあの世にゆきし右足取り戻し盃重ねてゐるなり父は
           同

 作者の過去の歌から、父上は右足を切断したのだと分かる。盃重ねて、は糖尿を暗示している。魂魄となった右足は本体を待っていた。作者は、父の円満成就を見ている。

 呼ぶ声にふり仰ぎたる滑り台をさなは冬の空に抱かる
           洲淵 智子

 読者も一緒に視点を転換させる。そうさせる力が一首にある。下の句でぱあっと冬の空が広がる。

 金雀枝の繁みのなかへつぎつぎに雀飛び込む よきことあらむ
           時本 和子

 金雀枝は、えにしだ。繁みの中に何があるのだろう。嬉しくなってくるような歌。実のある雑草が生えていたかもしれない。竹内栖鳳の絵柄が浮かんでくる。

 快速にて熱海に向かふわが父のふるさと二宮の駅を飛ばして
           同

 東海道線快速電車。連作から、作者が熱海歌会へ向かっているのが分かる。父の故郷と思えば、通り過ぎるだけで、有難い気がしてくるものだ。