2018/07/21

短歌人同人2 その4 2018/7 #短歌

 カーテンから朝日。
 快晴。
 五時。
 今日は、二度でも三度でも気温が下がってほしい。
 ルーフデッキに置いた梅干しを見に行く。
 昨日から三日干しを始めている。
 これだけの暑さなら、二日干しで十分。
 順調に出来ている。
 梅シロップはすでに完成。
 水割りがまことに美味い。
 黒糖梅酒もじき出来る。
 

 七人の作者の歌、七首を。

 あたり棒ほんとにあるやと訝む夏の初めに買うあずきバー
           越田 慶子

 食べ終わり、木の棒に「当たり」が書かれていれば当たり。子どもは訝らない。信じているし、しばしば当たる。大人は訝る。

 元カノが夜更けの夢に現れて別れ話をまた切り出してくる
           桑原憂太郎

 元カレにしたら、未練がある。元カノにしたら、しっかり別れてくれたかどうか確かめたい。切ない夢。

 考証のいい加減な医療ドラマ医者もありきたり天才外科医
           高山 路爛

 医師であり、医療小説のベストセラー作家である作者からしたら、「わたし失敗しませんから」などは論外なのだ。

 茫々の草がこはくて妻を喚ぶ、草の緑をかきわけて、来る
           辻  和之

 小説の中の夫婦がデジャブのように歌に出てきている気がしてくる。人の心と、実際の動きがリアルに描かれる。読点も効いて、臨場感がある。

 浴槽に溺れかけたる蜘蛛一匹助け出さむと大汗をかく
           水田 まり

 日本の99%の蜘蛛は益虫。殺してはいけない。タオルなどを垂らして蜘蛛を助け、外へ出してやればよい。作者はよいことをした。

 歌のためにどれ程の時間を注ぎ込むと自らに問ひ私は笑ふ
           竹内 光江

 歌と自分との関係性が詠われる。作者は、その結論として笑う。その解釈は読者に任せられている。それも趣向。

 白昼の近江八幡仲屋(すわい)町、旅人われのみ街道をゆく
           春野りりん

 今年の子の会吟行合宿は、琵琶湖東岸の近江八幡。有名な観光地のわりに、町は静かである。近江商人が歩いた街道を作者がゆく。

2018/07/20

短歌人同人2 その3 2018/7 #短歌

 蛇がでる。

 「まむしがいる!」
 という叫び声。
 庭の水遣りに出た妻が、地面に埋め込まれている水道栓をひねろうと手を出したところ、気づく。
 見に行くと、水道栓の長方形の空間の一角にとぐろを巻いてじっとしている。
 頭は三角。
 毒蛇のしるし。
 ヤマカカシなら赤い縞がある。
 これは、黒白の縞。
 まむし。
 隣家の節子さんも出て来る。
 「蛇は殺すなって言うよね。」
 と一言。
 妻が、冷凍スプレーを噴射する。
 蛇、外へ出る。
 すかさず水を噴射。
 そのまま流して側溝へ落とす。


 八人の作者の歌、九首を。

 最底辺のカーストのまた下にゐた女性ひとりの死に抗議して
           如月  佳

 インド旅行の連作。作者は、現地で抗議デモに遭遇する。カーストは代々続く。差別はするけれど、貶めることはない。職業であるようなカースト。

 ヒレカツとフライドポテトを所望され美菜の帰省を待つ金曜日
           森下 美治

 連作には亡くなった夫君の百箇日の歌がある。娘の帰省を待つ母親の気持ちが、歌に籠っている。

 文楽や歌舞伎は人をよく殺す落語は心中さえもしくじる
           野上  卓

 連作の題は「文化論」。西洋に悲劇、喜劇はあるが、笑いを専一に誘う「語り」は無い。そう思うと文化としての落語の価値があらためて分かる。

 リヤ王は老人性の疾患であるといっても誰もほめない
           同

 それはそうなのだけれど、生死を掛けた、まことに誇張された悲劇として、分かった上で観る。鈴木忠志演出のリア王が、この四半世紀最上の劇。

 気がつけばこんなに老いて茫然と小車を曳き歩みてをりぬ
           さとうひろこ

 浦島太郎のように、まるで時間が跳んだように感じる歌。本当に時間が跳んだのかもしれない。そうではないと、誰も言えない。

 身体不自由な老人ばかりの吾野園やり切れなさを胸に帰りぬ
           山田 政代

 連作によれば、右半身麻痺となった母が特別養護老人ホームに入いることに。持病を抱える作者は、母の入所のあと、帰途につく。

 屋台風カフェに座れば辛口の白葡萄酒と海老のサガナキ
           エ   リ

 連作によれば、作者はエーゲ海のミコノス島にいる。サガナキは、小麦をまぶしたチーズを焼いたギリシャ料理。海老が入れば一層美味い。

 おほいなる錯覚のごとき黄金の迎賓館出でてみぶるひひとつ
           川井 怜子

 亜流のベルサイユ宮殿を建てて喜ぶ。鹿鳴館とメンタリティーは変わらない。みぶるひひとつ、に答えが凝縮される。

 自転車で今川焼を買いに行く九十一の健やかな父
           平井 節子

 運動神経も食欲も意欲も健全な父。それを見守る作者。これほど有り難い歌も、そうそうない。

2018/07/19

短歌人同人2 その2 2018/7 #短歌

 猛暑。
 昨日は、四十度を超えた多治見の気温が世界第三位だったという。
 「被災地の、」
 とテレビ映像が言う。
 西日本豪雨十一府県、大阪地震、フクシマ、熊本地震、東北大震災、津波、あちこち被災地だらけで、どこを指しているのか、すぐには分からない。
 そのさなか、自民亭で宴会にはしゃぐ政権与党。
 被災地支援の話し合いを拒否して、カジノ法案の成立を優先する亡者。
 蛇蝎か。


 七人の作者の歌、七首を。

 突然に夫を亡くして二ヶ月あまり元気げんきと爪をぬりたり
           野中 祥子

 悲しみとは無縁であるような口吻。夫との関係性もあるだろうし、作者の心境、境地というものもあるだろう。人の気持ちは簡単には分からない。

 出入口で直角におじきする男子『赤毛のアン』を借りてゆきたり
           柏谷 市子

 おじきはおじぎの間違い。図書室へ向かう作者に男子生徒が深々とお辞儀する。読書人生がこれから始まる。彼はすばらしい本を選んだ。

 「俳句のクつてありますよね、その中の口をテンにしたのが勺です」とも言ふ
           勺  禰子

 難読文字の説明は、みな趣向を凝らす。そう来るのか、と作者の例示に唸る。韻律も破調なりに軽妙。「俳句のクつて/ありますよね、/その中の/口をテンにしたのが/勺です」とも言ふ

 三十年かけて増えつつカタクリは庭の木(こ)したに群れ咲きてをり
           永井 秀幸

 可憐な花を付ける山野草。地下茎で殖える。大切に自生を見守る作者の気持ちが伝わってくる。

 土曜日の朝は広場のファーマーズマーケットで木の延べ棒を買ふ
           中平 敏子

 連作によれば作者はプラハに居る。金の延べ棒かと、一読、立ち止まらせる。麺などを延ばす為の棒が、チェコ料理にも使われるのだろう。

 短辺をひと座らせる向きとする長方形のドトールの卓
           針谷 哲純

 人の目の付け所を詠う歌。狭い空間を、少しでも広く使う工夫が、机の向きなのだ。

 切り口を天に向けたる赤松は七夜を経てなお樹液流せり
           井上孝太郎

 連作によれば、五十年物の赤松だという。何かしらの理由によって伐ったけれど、樹は幻の頭頂へ向かい、樹液を送りつづける。

2018/07/18

短歌人同人2 その1 2018/7 #短歌

 猛暑。
 午前中、妻を歯医者まで送る。
 そのまま待合室で待つ。
 早く終わったので、隣のジョナサンへ。
 熱海の海が見える高台。
 帰りにホームセンターへ。
 伸びて来たアサガオを這わせるネットを捜す。
 90x180センチのもの、二百円。
 ゴーヤのネットの隣に並ぶことになる。
 帰る。


 六人の作者の歌、七首を。

 手を足をふればいよいよほめられて遮二無二つかめばまたほめられて
           田中あさひ

 赤ちゃんの様子を活写する。また、作者は周りの親や大人の様子を見ている。

 花に埋もるる隣り家つひに終へるのか 門の桜の樹が伐られたり
           時本 和子

 隣り家という存在全体を主語にしている。家を終へる、という他動詞の使い方に、作者の悲しみが表れている。

 夕やみが池のおもてを蔽ふころ岸から遠く鴨らつどへり
           同

 短歌の一面がかなしみの文学だとしたら、その頂点を示す歌のひとつ。共感がつよくしずかに伝わって来る。

 青嵐樟の高枝を吹き過ぎて五月四日に待ち人は来ず
           洲淵 智子

 あおあらしくすのたかえを、と読む。待ち人が来なかったという作者の静かな悲しみが、滲むように伝わる。

 見送りもおやすみも等しきにして手をふるノブをまはせるごとく
           角山  諭

 小さな子への愛情が溢れ出る。歌にすれば、写真以上に残るものがある。句跨りが二か所。最初のおやすみもひと/しきにして、は気になるところ。

 少しずつ境界線をひくようにあいづちを打つ声低くして
           有朋さやか

 境界線が動画のように少しずつ伸びて行くイメージ画が、浮かんでくる。音声入りで。

 0と〇との違いとは反時計回りに書くか時計回りか
           松木  秀

 意表を突かれる。ゼロと丸は、まさにその通り。英語では、ClockwiseCounterclockwise と言う。参考まで。

2018/07/15

短歌人会員1 その4 2018/7 #短歌

 猛暑がつづく。
 三連休で、国道は渋滞。
 娘と娘の友人を熱海駅まで迎えに。
 駅前はごった返している。
 二か所の海水浴場を見ながら網代へ向かう。
 二か所とも大変な人出。
 一晩寝たら、伊東の地元民しか知らない磯で、みんなでスノーケリングをする予定。


 五人の作者の歌、五首を。

 握りしまま開かぬゆびに寝たきりの姑(はは)の無念が僅か伝わる
           村井かほる

 嫁としての作者と姑との、微妙な関係が繊細に伝わってくる。姑は思いを残し、作者はそれを知っている。

 真夜中に鈴を落とせば鈴だけの音が内耳にころび入りたり
           北岡  晃

 鈴の音だけに焦点を絞った歌。鈴の音が意思を持ったもののように、読者に鮮明なイメージを喚起する。

 居心地の悪さが欲しいドーナツの長い箱もって地下鉄に乗る
           柳橋真紀子

 ルーティーンのような日常を少しでも突き崩したいという欲求。その道具がドーナツの長い箱だというのが興味深い。きっと空き箱。

 馬の名にポポカテペトルとありたるを空耳のごとく聞きて騒ぐ血
           萩島  篤

 競走馬。名前はメキシコ南部の巨大な活火山から来ている。円錐形の姿から、日系人からはメキシコ冨士とも呼ばれる。作者はそれを知っている。

 空耳の「奥さん、さあーあ」の女の声行者にんにく今年も並ぶ
           青木 みよ

 「奥さん、さあーあ」と呼んで行者にんにくを売る女性がいた。今はいない。名前も知らないけれど、作者はその声をよく覚えている。

2018/07/11

短歌人会員1 その3 2018/7 #短歌

 暑くて目が覚める。
 窓から薄明り。
 遠くから一番鶏の声が聞こえる。
 身体もすっと目覚める。
 起きることに。
 朝焼けが見える。
 四時半。
 野鳥が鳴き始める。
 海は、墨を刷いたように静か。
 家人は静かに眠っている。


 六人の作者の歌、七首を。

 休日の京急電車はやはらかいブレーキかけてホームに停まる
           柊   慧

 平日の通勤時とは違う、休日はブレーキが柔らかい、と作者は感じる。作者の心象かもしれず、本当に柔らかいのかもしれない。愉しい気づき。


 鎮痛剤のんで様子を見よと言う引導受けて足曳き帰る
           高井 忠明

 患者が痛みを訴えても、優位な検査結果が出ない時は、まずこの診断と処置になる。引導は、死者だけでなく生者にも使われる。

 たましひを短歌(うた)に吸はるる心地せり傘の差しかた忘れてしまふ
           岡本 はな

 例えば歌会などで強い集中や緊張を強いられた後など、こんな心地になるかもしれない。傘の差し方を忘れるほどとは、貴重な経験だったことが分かる。

 せやんなあ、せやんなあって笑うたび今日に付箋を貼ってゆきたい
           笹川  諒

 主語が明示されていない場合は、短歌では作者が主語。京都弁で笑うのは作者である。下の句がお洒落。

 ライターのから打ちひいとあっぷしてなきそうにひいとあっぷして 火
           鈴木 杏龍

 ア音とイ音とヒ音の軽快な韻律を楽しむ歌。アとイとヒ音だけで十六音ある。表記としては、ひいと火が楽しい。あっぷは、インスタグラムかUTubeか。作者に訊きたい。

 あしもとに血だまりのごときかげ溜めてだれかがしゃがみこむ遊技場
           同

 これで下の句に抒情がきたら寺山修司。作者は、影絵のようなモンタージュのような下の句を持ってくる。時代が移っている証拠とも言える。遊技場はパチンコ屋。

 戦争をしてはならないもう決して庭に野菜を植えたくはない
           川村 健二

 家庭菜園という平和な話ではない。生きるか死ぬかの食糧難。それが詠われている。戦争時の事実を詠いつづけることは、大切で且つ尊い。

2018/07/09

短歌人会員1 その2 2018/7 #短歌

 十一府県に大雨特別警報。
 「数十年に一度の、過去に経験したことの無い危険が差し迫っています」という警報。
 
 気候変動によって、世界の自然の運行は大きく変わった。
 これからは、毎年、日本のどこかで、同等の特別警報が出ると認識すべきだ。
 それも、何回も。
 治山治水について、根本的に考え直さなければならない。
 防災立法、防災行政が急務。
 イージスアショアやオスプレイや軍備に五千億円も一兆円も使っているときじゃない。
 岡崎市消防本部が持つ、日本でたった一台のレッドサラマンダーは一億円だという。
 百台購入し、市町村で融通し合えばよい。
 自衛隊の四割で、災害救助特別隊を編成し、専門部隊にすればよい。 
 防災立国を目指し、防災経済で産業を立て直すことができる。
 日本の技術は一層磨かれ、国内のみならず世界へ救いの手を差し伸べることができる。


 七人の作者の歌、七首を。

 背の低い不便なげけば背の高き夫はそこが好きだと言ひぬ
           中田 公子

 作者は八十代。夫婦の素敵な会話がすばらしい。高い処の物も、夫が取ってくれる。

 七十過ぎ運転免許の更新に少し迷いて放棄を決める
           大矢 信夫

 少し迷いて、とさり気なく言うところが、かえって読者に思いを伝えてくる。七十過ぎで免許返納かと、驚く読者もきっと多い。

 継続は力と思いて七十七歳腹筋きたえグランド九周
           竹安 啓子

 高齢の作者が続く。歌会では若者も多いが、誌上では高齢者がマジョリティ。しかし、高齢でもつわものは幾らでも居る。見習いたい。

 右側が腫れて目が塞がり左側も腫れて目が塞がりかけをり顔
           來宮 有人

 一見ぶっきらぼうに、最後に置いた顔がリアル。破調だけれど、意味が明瞭な上、最後の言い切りの良さで、納得させられる。内容は、とても気の毒。

 VHSビデオデッキが故障して三年ほどの月日が過ぎた
           さつき明紫

 ベータマックスかVHSかの戦いも、今は昔。ビデオデッキは約三十年の歴史がある。殆んどの生産は十一年前に終了し、最後まで作っていた船井電機も昨年終了。家電の歴史を思わせる歌。

 歌うように「じゃッ、まッたね~」と電話切る麻雀名人八十八歳
           藤井眞佐子

 七十七歳がグランドを九周し、八十八歳は麻雀に没頭する。認知症にならないための健康麻雀が盛況だと聞く。

 わが帽子にお(・)をつけられてハッとせりこのお帽子ネと差し出されたり
           高木 律子

 上の句は臨場感がある。下の句は同じことを言い換えて説明している。「馬から落ちて落馬して」感がある。下の句は違うフレーズで行きたい。