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2018/01/09

短歌人会員2 その1 2018/1 #短歌

 個人の思惑の外で、いつの間にか短歌人誌は表紙が替わり、新しい年に突入する。
 多くの人の奔走、馳走があり、これが実現する。
 結社の有難みがここに。
 続くのがすごい。
 続けるのがすごい。
 短歌人にしても、塔にしても、未来にしても、どの結社にしても、見るともなく隣の庭を見て、知らぬ間に切磋琢磨しているのが、この世界。
 また、そういう世界であってほしい。
 わたしは今年も短歌人を読むことに。


 六人の作者の歌、六首を。

 ブルーベリー摘む指先を口元にときどきはこぶ少女六歳
           古川 陽子

 日本も生産量が増え、三千トン近くあるという。長野と関東一円がほとんど。摘みながら、時々口に運んで食べる様子が目に浮かぶ。

 居れば閉ぢをらねば開ける吉祥寺駅のトイレのやうな子の部屋
           桐江 襟子

 閉ぢ、開ける、は両方とも他動詞。ドアを、と目的語がある。ドアが、ではない。吉祥寺駅のトイレ、が効いている。ついでの時に見てみたくなる。

 おろしがねのような夜川を渡るとき私は減少する、御茶ノ水
           相田 奈緒

 驚かされる比喩は、優れた比喩。おろしがねのような夜、が新鮮で、且つ考えさせる。そして、大根が減るように私は減少する。場所も特定され、現実感もある。

 車窓のむこうふっとひらけて校庭に体操服の子らの整列
           浪江まき子

 例えば都市の中の電車。林立するビルの間に学校がある。視界が少し開けて校庭が見える。電車の窓から見える一瞬の景色を切り取った歌。

 黄葉に光る山肌見上げをり空港へ向かふバスを待ちつつ
           鶴羽 一仁

 特に変哲のない歌だけれど、空港へ向かうというところに、若干の非日常がある。作者は北海道の人。北海道の広さを思えば、飛行機との乗り物としての親和性も想像させる。

 かたはらに夫ありて共に歩み来しこの恩は終生忘れまじ
           伊藤 佳子

 一見、女大学や修身の中味のように聞こえるが、作者の真摯な声として聞くと、読み過ごすことが出来ない。連作によれば、夫は持病の腰痛で歩くのもおぼつかない状態なのだ。

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