2018/01/22

短歌人同人2 その4 2018/1 #短歌

 今日は昼過ぎから雪の予報。
 年に一度、降るか降らないか。
 去年は降らなかった。
 
 新聞を取りに玄関を出る。
 小道を走る。
 止まる。
 ああ、梅が咲いている。
 蕾の数も多い。
 去年は小枝を剪定したので、そのお蔭かもしれない。
 梅の実の生り年になりそうだ。
 前回の生り年は三年前。
 もし沢山なったら、今年は梅干しを漬ける。


 五人の作者の歌、六首を。

 待ち合はせ時間になりてにこやかに真理さん富市さん現れぬ
           長谷川知哲

 一連の題は「仲秋」。信濃川を見下ろす「割烹日本海」で待ち合わせたとある。酒も料理も天国のような新潟。作者は初めて鶴齢を呑んだらしい。仲秋の月が見事だったにちがいない。

 本業の流体論を聴きたしと妻言ひたれば富市さん応ふ
           同

 作者の妻を入れ、四人の宴会。新潟大学教授から短大の学長に転じても、富市さんの研究は終わらない。質問が素晴らしい。わたしなら思いつかない。

 駐車場でこそこそと吸う煙草かなもう大それた秘密も持たず
           大平 千賀

 作者だけのことではなく、喫煙者の肩身はせまい。悪いことをしているように見られる。わたしは吸わないけれど、同情する。バッシングのようである。一首を分けて、二首ができそうだ。

 晩秋の大通公園見下ろして女三人ラザニアを食む
           橋本 明美

 道具立てもよい。物語がある。女三人がああしたこうしたと言わず、ただ、ラザニアを食む。絵が浮かび、想像が膨らむ。

 遊覧をしにゆこうよと立ちあがりきみのひとりとわたしのひとり
           黒崎 聡美

 遊覧をしにゆこう、は独特。栃木の人はそう言うのかどうか。沖縄はこんな独特な言い回しが多い。和やかでありつつ互いに個だ、と下の句でさらりと言う。

 幾人か死人の顔を見たれどもこの世の未練は微塵もあらず
           海棠みどり

 死人という言い方は、人としての礼を欠いている(とわたしは思う)。体は元々平等で純粋なのであって、未練にしても悔いにしても精神の中に残るものだ。ときに、未練は霊とともにある。

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